ゾディアック・マン~12星座と身体の照応①
2018年6月16日
ミクロコスモスとしての人体
「下にあるものは上にあるものに似ており、上にあるものは下にあるものに似ている」
ヘルメス『エメラルド・タブレット』
古代の哲学者が残したこの格言は、西洋占星術の基盤となっている宇宙観について述べたもので、私達人間が住む地上の世界はマクロコスモス(大宇宙)の姿が投影されたミクロコスモス(小宇宙)であることを宣言しています。実際、占星術師は12星座や惑星といった天上のシンボルを地上のあらゆる事象と結びつけ、それらの関係性を追求してきました。その中でも最も興味深い天地照応論の一つに、12星座と人体の諸器官をリンクさせたと「ゾディアック・マン(獣帯人間)」という概念があります。
ソディアック(獣帯)とは黄道(太陽の軌道)に投影された12個の星座が並ぶ架空のリボン(帯)のことで、それらの星座に動物のシンボル(ヒツジやウシ、ライオン等)が多いことからそのように呼ばれています。占星術的な世界観からすれば、人間の身体もミクロコスモスのひとつにほかならず、天上(マクロコスモス)に12星座があるなら、人間の身体にも当然12星座が存在していることになります。そうして見出されたのが「ゾディアック・マン」という興味深い概念なのです。
「ゾディアック・マン」(15世紀、英国)
この図像に描かれた人物の身体には、頭の上に小さなヒツジが乗り、胸にはカニが貼りつき、両膝にはヤギが絡まっているなど、様々な動物の姿が重ねられています。これは大変奇妙な姿ですが、占星術の知識がある人々なら、これらの動物たちが人体の各パーツと密接に結びついている12サインの象徴であることがすぐに理解できるでしょう。
12星座の身体対応は時代や地域によっていくつかのバリエーションがありますが、基本的には身体全体を横にスライスする形で12分割し、頭頂から足底部までの領域を牡羊座(おひつじ座)から魚座(うお座)までの12星座に上から順番に当てはめていくという点ではほぼ一致しています。以下に中世のアラビアからルネサンス時代以降のヨーロッパで伝承された代表的な12星座の身体対応をリストします。
【12星座の身体対応】
牡羊座(おひつじ座):頭、顔、脳、目
牡牛座(おうし座):のど、首、声帯、甲状腺
双子座(ふたご座):腕、肩、手、肺
蟹座(かに座):胸、乳房、胃、消化管
獅子座(しし座):心臓、脊柱、上背部
乙女座(おとめ座):腸、脾臓
天秤座(てんびん座):腎臓、皮膚、腰部、臀部
蠍座(さそり座):性器、生殖器、直腸、排泄器
射手座(いて座):臀部、大腿部、肝臓
山羊座(やぎ座):膝、関節、骨格系
水瓶座(みずがめ座):ふくらはぎ、すね
魚座(うお座):足(くるぶしよりも下)
「ゾディアック・マン」の起源と医学的な応用
「ゾディアック・マン」の知識は、古くはヘレニズム時代のローマの詩人マルクス・マニリウス(Marcus Manilius、紀元1世紀))が著した『アストロノミカ(Astronomicon)』という文献にみることができます。
「12サイン(占星術の12星座)の間に人体のパーツが布置され、人体各部がそれぞれのサインに付随してその影響を蒙ることにも注意していただきたい。12サインの先頭にくる白羊宮(牡羊座(おひつじ座))は頭部を支配し、頚部は金牛宮(牡牛座(おうし座))の宰領下にある。腕は双子宮(双子座(ふたご座))に属し、胸は巨蟹宮(蟹座(かに座))に支配される。腹と肩は獅子宮(獅子座(しし座))のもの、腰は処女宮(乙女座(おとめ座))の所属である。天秤宮は臀部を支配し、天蠍宮(蠍座(さそり座))は性器を支配する。腿は人馬宮(射手座(いて座))の管轄下にある。磨羯宮(山羊座(やぎ座))は膝を宰領し、脚は宝瓶宮(水瓶座(みずがめ座))の領域にある。双魚宮(魚座(うお座))は足先を管理する…」
(マニリウス『アストロノミカ』第二書)
しかしながら、マニリウスよりも数百年前に書かれたであろう楔形文字による粘土板文献にも、12星座と人体を関連付けた記述が見られることから、その起源が紀元前のオリエント地方にまで遡れることは間違いなさそうです。古代エジプトの人々は、天空は「ヌト」とよばれる巨大な女神の身体によって覆われていると信じていましたが、そのイメージが後の「ゾディアック・マン」の発想に影響を与えた可能性もあるでしょう。
天上を覆うエジプトの女神ヌト
「ゾディアック・マン」が実用的な知識として実際に応用されたのは、医学の分野においてです。ヘレニズム時代からアラビア、中世ヨーロッパの医師の多くは占星術に通じていましたが、彼らは患者の身体から余分な体液を排除する瀉血治療を行う時には、天上の月がどの星座にあるのかを常に気にしていました。「月には過剰な出血を引き起こす力がある」という、エジプトの占星術学者クラウディス・プトレマイオス(Claudius Ptolemaeus、83? - 168?))の格言が信じられていたためです。たとえば月が牡牛座(おうし座)(首)にある時には頸部に、双子座(ふたご座)(上肢帯)にある時には肩や肘等に、それぞれメスが入れられることはありませんでした。
ペルシアで描かれた「ソディアック・マン」(19世紀)
占星術師はまた、顧客の誕生時のホロスコープ(天宮図)を作成し、そこからその人物の身体的なウィークポイントを探り、将来的に患う可能性のある病気について注意を促す仕事もしていました。たとえば17世紀英国の人気占い師ウイリアム・リリー(William Lilly、1601-1681)は著書『キリスト教占星術(Christian Astrology)』の中で、「土星が蠍座(さそり座)にあると、排尿痛や排尿困難など意味する。」と述べていますが、これは土星が「石」、蠍座(さそり座)が「泌尿器」とつながりを持つという伝統的な占星術的の知識に基いた記述であり、いわゆる膀胱結石のことを示していると考えられます。(つづく)